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奥州胆沢劇場とは 奥州胆沢劇場の歩み 歴代ポスター展  
   
 奥州胆沢劇場の歩み
     これまでに上演された演目をご紹介します。
 ―胆沢町民劇場(町劇)の始まり、体育館時代ー
第1回
「大堤の笛の音」
 記念すべき1回目の公演は、西油地に ある松にまつわる民話「大堤の松嶺」を元にした題材で上演。
 胆沢の地がまだ青柳の里と呼ばれていたころ、村は日照りや洪水に頭を抱えていた。
 村を救うため堤を建設する上人文覚と「人柱」になる決意をする少女お優。胆沢に生きるうえでかかせない水と命のお話です。
第2回
「水ぬるむ里」
 第2回の舞台も「水」がテーマ。水不足に苦しむ百姓達を見て、胆沢の地に堰を掘ったと伝えられる茂井羅(シゲイラ)。その日本人離れした名前もさることながら、どんな苦しみにもくじけない精神力。胆沢の偉人が舞台を通して、私たちに希望と勇気を持つことのたいせつさを語りかけてくるのでした。
 総勢250人の町民が、精一杯の舞台を繰り広げました。
第3回
「白い花のふるさと」
 手づくりの舞台もすっかり定着してきた第3回は、小山二の台に伝わる鶴供養の伝説をテーマにした「白い花のふるさと」でした。日頃忘れかけていた真心の大切さ、助け合って生きることの尊さをあらためて訴えた舞台でした。
 胆沢町民劇場始まって以来の2,100人の観客は大きな拍手を送り、感動の舞台を堪能しました。

第4回
「小夜姫物語」
 誰もが、子供のころに一度は聞いたことのある掃部長者(かもんちょうじゃ)の昔話。第4回の町民劇場では、これを題材にした「小夜姫物語」でした。自分だけ良ければよいという人間の弱さ、相手を思いやるやさしさを表現した舞台に、第3回を大きく上回る2,800人が詰めかけ、素晴らしい舞台装置と演技に惜しみない拍手を送りました。
第5回「枡(ます)
    
-寛政の百姓一揆より-
 町民劇場としては初めて、江戸時代の寛政年間に実際にあった百姓一揆を題材に。主の不正な年貢の取り立てに反対し、一揆のために、村人をまとめようとする一人の青年を中心に、協力と共同という村人の力の結集をテーマにした舞台でした。
 正に、町民劇場の本質に迫る舞台に、観客と役者が一体となりました。
第6回
「暮六つの鐘」
 体育館では最後の公演となった第6回の舞台は、「へっぴり嫁ご」と、「子ども達に目玉をやった母」という、2つの民話を題材にした劇でした。いじめられていたところを助けてもらった恩返しのために、人間に姿を変えた白蛇と人間の情愛、そして、親子の絆を描いた劇は、私たちの胸に大きな感動を残して、体育館での公演に幕を降ろしました。

―胆沢文化創造センターの完成、進化する町劇―

第7回
「雪に抱かれて」
 第7回は完成したばかりの胆沢文化創造センターのこけら落とし公演として行われました。
 実際にあった雪山遭難の話を元に、悲しみを乗り越えた家族の絆、愛情が描かれました。
 名脇役、馬の「アオ」が登場したのもこの年からです。
第8回
「山脈を越えて」
 一人のふるさとを離れた男の生きざまを通して、愛を語りかけた第8回町民劇場。夫婦愛、家族愛、地域愛があるからこそ、人は生きていけるものであり、みんがそれを自覚したとき、次世代への明るい未来が開けることを表現した舞台でした。
 フィナーレのときには、観客の皆さんそれぞれが、心にやすらぎと生きる喜びを感じました。
第9回
「湖(ダム)-石渕の春-
 第9回は初の現代劇に挑戦しました。
 町の水ガメの石淵ダムが造られたときの歴史に基づき、自分たちの暮らしと町の発展のことに板ばさみになって悩む村人達の心模様を描きました。どんなときも、助け合い、前向きに生きていこうとする石渕の心は、観る人を勇気づけずにはおかない舞台でした。
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